Vol.6 売れる経理屋

さすらいながら学んだ経理屋の
ノウハウをお伝えします

表を「育てる」

このシリーズの第一話では、「まず顔を見せて」というタイトルで、言うべき事を数値化し、表にすることの重要性を説明しました。今回はいわばその続編です。

会社業務でを作成した時、ほとんどの場合、その表は一度で用済みにはなりません。何故ならば、その表に表現された「問題」は即座には解決しないからです。時間をおいて、同じ表を作成し、状況の変化の報告を求められる場合がほとんどです。

また、その表に表現された「問題」は、最初は問題提起者のみが見た点が表現されています。しかし、「問題」は多くの場合、部門によって見るべきポイントが違う事が多いのです。ある部門の損益が悪い、と報告をした場合、部門ごとに反応は割れるでしょう。

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① 営業部門:どの商品や、どの営業担当者の損益が悪いか、調べてほしい。
② 製造部門:どの工程の歩留まり率が悪いか、調べてほしい。
③ 経理部門:現金の流出額を調べてほしい。

各部門とも、要求はもっともで、それぞれの部門で「問題の解決」に向けて話を進めているわけですが、そんな状況下で、しかも限られた時間しかない中で、何を調べ、どんな表を作るか、はまさに経理屋のセンスが問われる所です。
「センス?それって何よ?」
はい、それは「表を育てる」事だ、と考えると解決できる時が多いです。どういう事か、以下で説明します。

まず、あなたは「顔(=表)」を作りました。素晴らしい。多くの方が、問題がある事が判りました。そうなると追加で質問を受けます。うんざりするような質問や要求もありますが、ここでやめてはいけません。限られた時間を使って、二回目の表は一回目より少しいい表を作って下さい。その際は極力、一目置かれている方の仰る事を取り入れて。最初はその方の仰る意味が判らなくても、表を改善していくプロセスで、「あ、なるほど!」と見えてくる場合が多いのです。

次に、できた表に一回目の数値を添付して下さい。前回からの変化をほとんどの方が見たがります。これも手間がほとんどかからないのにかかわらず、実行している人は50%を切ります。本当です。面倒でしたら、単に前回の資料をコピーするだけでもいいのです。

その上で、キーポイントに「○打ち」をしましょう。一回目に比べて、二回目の表は複雑になっている時が多いのです。見るべきポイントに「○」を打っておきます。これだけで会議時の説明のしやすさが全く違ってきます。表の「情報伝達力」がこの○打ちをする、しないで倍は違ってきます。○打ちした箇所の、前回会議時の数値にも○打ちしておけば完璧です。これもやらない人が50%を上回ります。

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そして最後に、「主文」を「大きく」記入します。この表を通して、何を会議出席者に伝えたいのか、その点をハッキリさせましょう。この点も当たり前に聞こえますが、これを書かない人は75%位だと思います。

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こうして出来た表を、二回目の会議で報告して下さい。皆様があなたを見る目が少し変わってきます。何故ならば、他の方の意見も取り入れ、改善されたその表は、一回目より「切れ味」が格段に良くなっているからです。ところが、この「二回目」を実際に作る人は、驚くほど少ないのです。一回目を作るのに結構手間がかかったので、二回目を作るのが億劫になってしまう事が多いのです。しかし実際に作って見ると、上記のプロセスを踏んでも、二回目は一回目の半分以下の手間で出来ます。やって見て下さい。本当です。

二回目の会議では、きっとこんな意見が聞かれるでしょう。「うん、前回に比べて随分判りやすい表になってるね。次のページが前回の数値ね。ふーん、少しは数値が良くなってるのか。じゃあ次回までに、製造部門は歩留まりを調べて、目標値を説明してくれるかな?●●さん、次回もこの表、作っておいて下さい。有難う。」

おめでとうございます。あなたは「売れる経理屋」の道を順調に歩んでいます!そして今申し上げたこのプロセスが、「表を育てる」事です。よく管理業務をしていると、「PDCAの輪を回す」との話が出ます。これは「Plan⇒Do⇒Check⇒Actionを繰り返して、業務改善を進める」と言う事なのです。そしてその際、経理屋が出す表が「Check」の「かなめ」として使われる事が非常に多いのです。そしてその表は繰り返し使われます。その表が使用されるたびに使いやすくなって行く事が、業務全体の向上につながって行くのです。

当たり前ですよね?しかしこれができる人は非常に少ないです。でも簡単そうですよね?
そうなんです。だから経理屋は「お得」なんです。それでは!

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プロフィール

井筒 廣之
1984年、日系メーカー入社。経理屋として仕事を始める。
1990年、社内ベンチャーに挑戦、一応成功する。
1997年、メーカー退職、本当のベンチャー企業に挑戦。資金難で「胃が口から出そうな」苦しみを味わう。
1999年、大手飲料会社の管理課長として転職。管理部長に昇進。
2004年、商社CFOとして転職。
2007年、マンパワー・ジャパン(現マンパワーグループ)入社。
2014年、取締役代表執行役社長退任。

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