Vol.5 売れる経理屋

さすらいながら学んだ経理屋の
ノウハウをお伝えします

上司の部下化現象

今回はまず、経理の職場でよく目にするシーンの描写からスタートしましょう。

ここは、とある会社の経理部門です。管理会計の責任者、井上部長が担当者の田原さんに説明を求めています。前月の損益説明の際、社長が田原さん担当部門の説明を求め、即答できなかった案件の回答が明日なのです。部長は田原さんに依頼しておいた資料の説明を求めたのですが、田原さんは説明が出来ないどころか、その基礎資料すら出来ていないようです。部長は田原さんが「頑張っているんですけど時間がなくて・・・」と頭をかきながら提出した資料に目を通しましたが、これ、いけていない。具体的な指示出しをしたはずなのに・・・。

全く困った奴だよ、おまえは・・・。次第にいら立ってくる部長。明日の朝一番で社長への説明の予約はさせて頂いている・・・しかも今日は夕方から会食の予定が入っているから時間はあと2時間しかない・・・。

ええい。思い余った部長、部下からファイルを転送させ、自分のパソコンでそのファイルを開く。エクセルが開き、部下に作るように言っておいた表にカーソルをあてる。ああっ!これじゃだめだ!歩留まりの式も入っていない、全社数値と全くつながっていない!これじゃだめだ・・・こんな奴に任せていては到底間に合わない!

30分後、部長は田原さんに説教をしつつ、一生懸命表を作っている。「これが顔(表のイメージ)」、「この表と全社数値の尻(別の表の合計値)を合わせて」、とか、どこかで聞いたようなセリフを言っています。時折作業をしながら、部下に「な、こういう風に表を作らないと、話が見えてこないだろ」とか、「ほら、コストそのものより、歩留りが損益悪化に大きく影響してんだよ」とか言っています。昔取った杵柄、とでも言うのでしょうか、なんだか嬉しそうでもあります。田原さんは、部長が仕事をしてくれるので少しほっとした表情で、でもご機嫌を取らないといけないので「あ、そういうことだったんですか!」「なるほど、こうすればよかったんですね」とか、後ろの方で言っています。40分後にその均衡が崩れます。部長が一生懸命打っているパソコンを少し冷めた目で見つつ、田原さんがこう言ったのです。
「あ、部長、そこのインプット、間違えてますよ。」
「あ、すまんすまん、そうだったね。」部下に謝りつつ数値を訂正する部長。

こんなシーンはどこでも見られる光景だと思います。私はこの光景を、「上司の部下化現象」と呼ぶ事にしており、この会話に続けてこう言う事にしているのです。
「なあ田原さん、この現象、なんて言うんだっけ?」
田原さん、今までに何回か本人や同僚がこの会話を部長に強いられていますので、こう答えます。
「えっと、上司の部下化現象・・・です。」
「そう、あんたの給料の分、私が仕事してあげたんだよ。給料返せ。」

さて、この「上司の部下化現象」、ネーミングはあまりいい印象はないと思いますし、「あんたの給与の分、俺が働いたんだよ」的なセリフは、私の人徳のなさゆえで、この部分を見習う必要は全くないのですが、実はこの「上司の部下化現象」はこれから説明するような効用があり、私はこの「上司の部下化現象」、多発しない限り、悪い事だとは思っていないのです。

経理屋は、「森を見つつ、木の葉も見る必要がある職種」だ、と私は思っています。経理部長はおろかCFOに至るまで、経理屋という職業は、全体像を把握しつつディテールをどこまで把握しているかが勝負です。全体しか抑えていない経理管理職は、はっきり言って薄っぺらい知識が会議の最初から透けて見えてしまう事がほとんどです。何故か?経理屋は経営会議などで、何層にも折り重なった数値の塊の上っ面の部分を説明するわけですが、「一皮むかないと」きっちり説明できない事がごろごろしているのです。会計原則やら、損益明細表の計算方法やら、そんな所を把握していないと、どうにも説明がつかない数値が多いのです。

時と共に変化する経営状況を報告する管理会計の世界では、毎回報告書の上っ面を一枚めくった下では、その作り方が何も苦労せずに前回通りですむ、などはあり得ないと言ってよく、必ず部下の用意した資料をレビューし、それが意に沿うものかどうかの検証や修正アクションが必要な場合がほとんどです。

その「数値の上っ面をめくる」レビューの方法は千差万別です。そりゃ、出来の良い部下にチェックを依頼出来ればそれに越したことはありませんが、昨今の「フラット化」して「人件費を絞りに絞った」組織では、そんな贅沢なレビューが出来るケースは、はっきり言って稀です。この際、部長も部下もかっこよくはありませんが、一緒になって手を動かすのが一番の早道、という訳です。
長くなりましたが、「上司の部下化現象」を時折実施するメリットの一つ目がこれです。

「上司の部下化現象」を時折実施する効用の二番目は、「特に転職系経理管理職は、こういった機会を人為的に作る事で、ディテールを初めて把握できる」点です。経理管理職としての技量は、「全体把握力」に加え、「ディテールの理解の深さ」が重要と申し上げましたが、同じ会社でずっと経理をやっている方ならともかく、私のような「転職系経理屋」は、担当として具体的な業務をこの会社ではしていません。そこで意識してこの「ディテールの理解」を深める必要があるのです。これを実施するよい機会が、この文章の冒頭に述べたようなシーンで、部下の具体的な業務に「飛び込んでみる」事なのです。

三番目の効用は、組織の規律の維持にも役立つ事です。部下が困っている状況で、自分がその中に飛び込み、苦労を共にしながら何とか解決してゆく事は、基本的には部下にとっては有り難い事です。更に、経理管理職の方は、「どの領域に飛び込むか」や「どんなタイミングで飛びこむか」が自由に選べるのです。何はともあれ部長さんはそれなりに選ばれたポジションですから、基本的には知識だってあるはずです。うまく行くに決まっています。また、そんな時には相当部下にきつい事言っても、前向きな気持ちで聞いてくれますよ。もちろん、この機会は部下の能力を把握する絶好の機会です。

最後に、部長が業務のディテールに飛び込んでみると、「え、こんな大変な事、わざわざやってたんだ!」という驚きがある場合が多いのです。そんな風に、意外な所で部下が苦労している事を発見できれば、業務改善につながるよい機会だと思います。

ですから、上司としても部下としても、ちと格好悪いイベントではありますが、「上司の部下化現象」を時折実践することはむしろ必要な事だと私は思っています。マイクロマネージ?部下のやる気をそぐ?結構です、と思うようにしています。昔なら、あるいは超大企業ならともかく、経理管理職はマイクロマネージする部分が絶対必要な職業だと私は固く信じます。そして、こんな場面でへこたれる部下なら、もっと切羽詰まった所できっと病気になったり、管理職に逆らって来そうです。そんな事になる前に、力量をはっきりと自分の手で評価し、担当業務を変更すべきです。こんなやり方で管理職自らが手を下したことで文句が出る事はまずありません、保証します。

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プロフィール

井筒 廣之
1984年、日系メーカー入社。経理屋として仕事を始める。
1990年、社内ベンチャーに挑戦、一応成功する。
1997年、メーカー退職、本当のベンチャー企業に挑戦。資金難で「胃が口から出そうな」苦しみを味わう。
1999年、大手飲料会社の管理課長として転職。管理部長に昇進。
2004年、商社CFOとして転職。
2007年、マンパワー・ジャパン(現マンパワーグループ)入社。
2014年、取締役代表執行役社長退任。

プロフィール

~次回の掲載は10月中旬頃を予定しております。~

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